簿記の週間

今週は簿記の週間なんです。週末に日商簿記三級の試験があるから、勉強しなければいけないんです。一日にだいたい一時間くらい勉強しているだけなんですが、このペースで行くと合格が危ぶまれるので、一日一時間半くらいにしようかとも思いますが、それだとストレスが溜まるので、結局こうしてパソコンに向かうはめになってしまいます。そもそも、一週間の勉強で合格しようという考えが甘いような気がしてきますが、それは例の古本屋のおじさんのせいのような気もします。
試験が直前になり、なにかいいテキストはないかと思い、それで古本屋に行くのもどうかという話ですが、つい習慣で寄ってみたんです。簿記のテキスト、いいのないですかねと訪ねてみると、おじさんは、あるよ、いいやつが。ほら、『勃起するほどよくわかる日商簿記三級』、これはいいよ。ちょうど一週間で終れるようになってるし、と言い、その薄い本を手渡してくれました。いやらしいタイトルの本だ、というのが第一印象だったんですが、それは「勃起」という言葉がいやらしいのではなくて、「勃起」と「よくわかる」という、因果関係がなさそうなふたつを無理やりに、単に語感がいいからという理由(本当に、いいのか?)だけでつなげてしまうその姿勢がいやらしいんだろうな、と考えていると、すでにおじさんは手のひらを差し出して紙幣を待ち受けていて、このときばかりは本当に舌を口の中でふざけさせているに違いないと感じました。
帰宅して、すぐに風呂に入り、一時間ほど仮眠を取ったあとでその『勃起三級』を開きました。するといきなりオレンジ色の太字でこう書かれていました。

どんな取引も2つの側面をもっている

「2000万円の入金があるからには、何か理由があるはずです―同じ2000万円の入金でも、その理由によって意味がまったく違います」。そういえばソシュール言語学の世界の見方、「実体論から関係論へ」というのがあった、と思い出し、それで、金井美恵子先生の『小春日和』みたいに魅力的な人物をどう考え出せばいいのかという疑問が少し解けるような気がしてきました(あったんですそういう疑問が)。それはつまり、人物の個性というのものは、その人一人では成立しなくて、他の誰かと並べてみたときに初めて成立するというすごく当たり前といえば当たり前のことです。ヴェンダースが好きな花子と、ヴェンダースが嫌いな夏之、だったり、「あたし」という一人称に対して「オレ」という一人称を使う花子だったり、どんどん細かい違いを組み合わせていけば、いろんな人物が登場しておもしろくなるんじゃないかと思えて、勇気もわいてきました。あと、三島由紀夫先生の『金閣寺』の場合は、最終的に金閣寺を燃やすという、クライマックスに向けての牽引力に加えて、登場人物の対立がどんどんレベルアップしていくことで話を盛り上げていたように感じました。そんなふうにはっきり対立させるのも盛り上がるかもしれないけれど、単純にいろんな考え方、仕草、容姿を持った人が登場したほうがおもしろそうだと思います。もちろん、人物を描くことだけが小説のおもしろさではないはずですけれど。
それよりも試験勉強をしなければいけないので、『勃起』に戻り、読みすすめていくと、このテキストにも何人かの人物が登場していることに気づきました。

決算日になっても原因がわからないときはどうするのでしょう。ここで「雑損」または「雑益(雑収入)」という勘定科目が登場します。たとえば不足であれば不測額を「雑損」勘定の借方(費用の発生)へ振替えます。
「現金過不足」といういわば仮の姿から、いよいよもう返ってこない損失になったことを“雑損”という名前が物語っています。

債権とか債務という言葉を耳にしたことがあるでしょう。債権は、将来お金やモノを受取ることができる権利のことをいいます。代表的な債権に売掛金があります。逆に債務は、将来お金やモノを支払わなければならない義務のことで、買掛金が債務の代表選手です。

なるほど、おじさんがこれはいいよ、ピンチのときにいいよ、と言っていたのはこういうことだったのか。思い切って買掛金に悩みを相談することにしました。一週間で合格できるようになりたいなら、なるべく早めに現金過不足や買掛金や当座預金らと仲良くなっておくべきだろうし、そのためには、自分の悩みをさらけ出して相手の気をひこうと考えたからです。ねえ、買掛金、だれかのやさしさも皮肉に聞こえてしまうんだ、そんなときはどうすればいい?すると買掛金は答えてくれました、そりゃおかしいよ、どうして「やさしさが皮肉に」なんて認識できるんだ。やさしさだ、と思うか、皮肉だ、と思うかのどっちかしかないんじゃないのか、だから結局、それは自分の感受性の豊かさをアピールしているだけな訳で、そういう姿勢をやめればすむだけの話だとオレは思うよ。それよりさ、知ってるかこの話。お前の職場に、年齢不詳で、長い長い三つ編みで、鼻の下がいっつも湿っていて、おまけに365日メンスじゃないかと思うくらい不機嫌な女性がいるだろう、彼女は、ジャニーズが大好きらしいぞ。